他者に自分を観ちゃう

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ある人が危機的な状態なので、
会ってくれないか?という
依頼があって福岡まで出かけてきた。

飛行機に乗って。
タイトなスケジュールだったけど、
「行こう!」と決めて
急遽2日後に予定を入れた。

様々な事情で精神的にも
肉体的にも酷い状態…
ということだった。
どこからも「手に負えない」と
断られていて、

親さえも、「面倒をみきれない」と、
見捨てられてしまっているらしい。

そういうところへ、
どうして私が呼ばれるんだ?(笑)

以前も、「息子が包丁を
振り回しているから、来てくれ!」と
緊急の連絡があって行ったことがある。

「警察に電話するか、順田さんに
電話するか迷いました〜」と。
その二者選択は、どうなってるんだか
よく分からない。(笑)

幸い、「包丁、ちょうだい…」との
私のお願いを彼はきいてくれた。
まったく丁寧に、
包丁を渡してくれたのだ。

その後、彼は立派な社会人となり、
活躍している。

どうして、そういうところへ行くの?
そして、どうして彼は
順田さんには包丁を渡したの?
どうして、そういうことが
順田さんにはよく起こるの?と聞かれる。

…それって、多分、
こういうことだと思う。

私は、他人に自分を観ちゃうから、
相手に親しみをかんじてしまうのだ。

だから、私は、
そういう状況の相手であったとしても、
自分に会いに行くような感覚で
あるということと、

相手に、私のそれが伝わって、
緊張状態が緩むとか、
または様々何かしらが
起こるのだろう。…と思う。

「親しみ」は、伝わる。
伝えようと思っていなくとも、
伝わってしまうものなのだ。

特別なことでは無い。
特別な人なんていない。
…と私はそう思ってる。

誰でも、一度くらいは
経験があるはずなんだ。

例えば、我が子や親に自分を観たり。
他人のちょっとした言動や、
行為にいつかの自分を観たり。

出会う相手には、何かしら
「自分」が存在するものだ。
「自分」がまったく見つからない
相手なんていないのではないか?

ということで、今回の福岡の彼にも、
私は自分を観ていた。
そして相手が会いたいと言っているなら、
行こうと。シンプルだった。

ある時期、私の在りようは
おかしいのかな?と
思ったこともあるけれど、
そんなことは無いことが
ハッキリ分かってからは、
どうということは無くなった。

むしろ、自然とそう観れて、
感じれることは幸福なことなんだから。

あ、そうだ、私は、
行く前に、必ず、相手に
伝えることがある。

「わたしは、『役立たず宣言』
『存在してるだけ宣言』をしてる人です。
助っ人根性はありません。」

それを了解の上なら、引き受ける。
相手を自分に寄りかからせることが、
いいことだとは、思わないから。

私は別に、特別にいい人でもなく、
極々フツーのひと。
ただ、他者に、自分を観ちゃう。
それだけのこと。なのだ。

ていうか、本当はみんな
他者に自分を観ちゃってるはずなんだ。
それを「自分を観てる」と
認識してるかどうかの違い
ではないだろうか。
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【お知らせ】
順田ひろみ
特別コンサート「命泉の座」
日時:2015年11月21日(土)16:00〜
場所:世田谷区下北沢 北沢タウンホール

http://www.juntahiromi.com/#!live1121/c161d

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