不登校はチャンス。

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うちの三人の子ども達は、
三人共それぞれに、
不登校(の時期)を経験している。

一番長かったのは、次女で、
彼女は実質小学校入学は3年生からだった。
現在は、三人共、学校へ行くことを
自ら望み、勉強も含め学校生活を
実に意欲的に愉しんでいる。

彼女達は、学校は自ら望んで、
行きたくて行く所。学びたくて
学ばせていただくところと認識している。
この認識はとても大切なことだと思う。

学校へ「行かされてる」という
認識の子どもが多いのだ。
「⚪︎⚪︎させられている」という意識で
生活するのは、健全な発育とは言えないのではないか?

学校は、行かされる場所では無い。
本人が行きたくて、「行かせて
下さい」とお願いして行かせて
いただく場所なのだ。

私は、子ども達が、
「学校へ行かない」ことを希望した時、
彼女達のそれを尊重した。

行きたく無い理由は、
本人から話してくれれば聞いたし、
何も言わなくても、追求はしなかった。

子どもの時は特に、自分の内面で
起きていることを言語化するのは難しいことだ。

「何か、違うんじゃないか?」という感覚。

どうしても、立ち止まってじっくり
考えたかったり、暫く一人静かに
篭りたくなるというようなことが
成長のある段階で起こるのは、自然な
ことのように思うし、ある意味、
素晴らしいチャンスなのではないか?

子どもの内側から自らのある部分の
能力を成長させようとする生命の働きが、
まさに今、起きている!かもしれない。
と私には、そんな風に見える。

不登校期間、子ども達に望まれれば、
私は勉強を教えたし、一緒に遊んだり、
一緒に考えたり、話し合ったりした。
母親というのは、何かを「する」こと
より、安心を感じられる存在である
ことが一番の役割だと思う。
振り返ると、彼女達は、
その時間を経て、大きく成長した。
無駄で無いどころか、
素晴らしい収穫があったのだ。

様々なことを自分の頭で
考えようとする働きが活発になり、
考えに考え抜いているようだった。

そしてその先で、彼らは、ハタと、
自分の「思考」の勝手な

おしゃべりに気づき始めた。

また様々な自らの感情を観る…
ということをし始めた。

この時期に、自分の思考や感情、
身体の感覚などを、観察する能力が、
グンと開発され始めたのだった‼︎

この能力!
実は殆どの人が、自分が今
どんな思考や感情を抱いているか?
ということに無自覚、無意識であり、
反応で生きているのが現状だと思う。
この能力が、機能不全のまま、
一生を終える人が、多い。

自分のこの『思考、感情、感覚を
観察する能力』というのは、実は、
人間が真に人間らしく生きる上で、
最も必要な能力なのではないか?

この能力は、人間関係、
コミュ二ケーションを構築する
上でも重要であり、

この能力の高さは、平和的な
精神を育て、また、他のあらゆる知性、
能力を健やかに開花させることを、可能にする。

この能力が機能し始めると、
視野が広がり、もはや、自分さえ
良ければいいという風には考えられなくなる。

人間を成熟へと向かわせるのに、
必要な、重要な能力なのだ。

この能力が本格的に

機能するようになるということは、

人類に希望をもたらす。

…と思う。

順田ひろみ

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