「お母さんの運命の人っているの?」

「お母さん、運命の人!っているの?」

6年生のピョンちゃんが、聞いてきた。
歌の歌詞や、恋愛もののドラマなど、
様々な場面で見聞きする中で、

どうやら、多くの人達が、そういうことを

信じているらしいことを不思議に思ったんだと言う。

いつかそういう人に、自分も出会うのか?

間違う人なんかもいるのか?

出会えない人もいるのか?

ねえ、お母さんは、どう考えてるの?

と興味津々な面持ちだった。

「ん〜、そういうのは、いないよ!いないっ!」(笑)

「もしも、居るのだとすれば、全員がそう!」って、

お母さんは考えてる。

居るっ!っていう考えも、それはそれでいい。

他人がどう考えようと、他人の自由だもん。

『特別な人は居ない。運命なんてない。』

これが、お母さんの考えだす。(笑)

『特別な運命の人が居る!』という考えを信じて、

もし、出会えなかったらどうだろう?

(未来は誰にも分からないからね。)

自分が運命の人だ!と感じた相手が、同じように感じてくれなかったら?

『特別な運命の人!探し』は、惨めさを伴う。
そんな考えから、自由である方が、愉しくないか?…と思う。

好きになったり、一緒に居たいなと思う人と、

一緒になればいいし、

あるいは、誰かから「この人いいんじゃない?」って言われたりして、
お見合い的に伴侶となるのだって、

それもまたいいと思う。

大恋愛の結婚も、お見合い結婚も、

たとえ、何となくの結婚であったとしても、それが起きたのなら、

そのうちのどれが凄い!ということでも何でもないし、

そもそも、結婚しないことも悪くない。

結婚しない人に比べて結婚してる人が、素晴らしいという訳でもないし、

幸せとも限らない。

あまり、拘らないこと。

決めつけない方が愉しいと思うんだ。

ひとつ言えることは、

いま、恋人やパートナーがいようといまいと、
「自分」と共に居ることが居心地いいかどうかの方が大切なのだ。

いつも、何時も、離れることのない、

この「自分」と共にいて

居心地良く、愉しい人は、
きっと、素敵な出会いに恵まれると思うし、

いいパートナーシップを

築き上げることができると思うな。
ということを、話した。

「そっか、ああ、よかった!気が楽になった!」

と、ピョンちゃんは、元気に登校した。

自分を縮こまらせる考えより、

伸びやかで居られる考えの方がいい。

いつの日か、彼女の恋の話も聞けるときがくるのだろうか?

いや、こんなお母さんとは、恋の話は、盛り上がらないかあ…。(笑)

順田ひろみ

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